大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和61年(行コ)10号 判決

控訴人

新一男

控訴人

新花子

右訴訟代理人弁護士

増田隆男

増田祥

被控訴人

南方町長

出口専一

右訴訟代理人弁護士

浅野孝雄

松坂英明

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和六〇年二月二〇日付で控訴人らに対してなした児童新太郎を同年四月一日から同年九月三〇日までの間南方保育所に入所させて保育する旨の決定を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、双方において次のとおり主張の補足及び反論をし、当審における証拠関係が当審記録中の証拠目録のとおりであるほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、ここに、これを引用する。

三  控訴人らの補足主張

1  入所措置処分の性格と期間を附した効果

原審は法二四条の解釈につき、入所措置の基準や方法が市町村長の裁量に委ねられているものと解釈し、行政実務において行われている六か月の期限(以下、期間ともいう。)を附することにより保育に欠ける児童の保育所への入所の機会が奪われるわけではなく、このような方法によることも、裁量の範囲として許されるものとしている。

しかし、法二四条における「保育に欠ける」の意義は法的に覊束された観念であり、その認定について市町村長の裁量の余地はないし、保育に欠ける児童については市町村長は必ず保育所に入所させる義務を負い、例外的に、保育所の収容能力が不十分な場合等やむを得ない場合のみ「その他の適切な保護」処分を行わなければならないとされているのであつて、市町村長の処分はこの例外的な場合をも含めて、いずれにしても覊束処分なのである。

入所措置の基準についての判断が司法審査の対象となること、また入所措置が覊束処分であることは、学説、判例においても承認されている(甲第一五号証の各判決例、甲第一七号証中の東京地裁昭和六一年九月三〇日判決、甲第一六号証中の石川稔論文参照)。

原判決は、入所措置が自由裁量行為であるとして、六か月の期限、すなわち附款をつけることが許されるとしているが、行政行為が法によつて覊束されている以上、行政庁が自由に附款を附しうるものではないし、かりに、附款を附しうる場合においてもそれには一定の限度があり、その限度をこえる場合には附款の本来の効果が生ずることはなく、行政行為の効力に影響を及ぼさないというべきである。それは例えば、道路、河川の使用許可等について不当に短期の期限が附された場合には、その期限は許可条件の改訂を考慮するための条件の存続期限の性質をもつものにすぎず、期限の到来によつて当然に許可等が失効するものと解するのは妥当でないとされているのと同様である。

本件においては、法二四条に、入所措置に附款を附しうる旨の規定はないし、前記のように、入所措置を裁量行為と考える余地はないのであるから、附款を附することができないと考えるほかはない。したがつて、従前の入所措置に附された六か月の期間は法的な効果のないものであり、単に入所児童につき継続して「保育に欠ける」状態にあるか否かを調査する時期をあらかじめ示したとの意味をもつにすぎず、この期間を経過したことにより当然に入所措置の解消とか退園を意味するものではない。

かりに、六か月の期限を附することが許され、法的な効果をもつとの見解に立つても、児童は特段の事由がない限りは入所措置の更新を受ける権利を有するのであり、行政庁が更新を拒否することは許されないから、従前の入所措置は更新されて存続しているものというべきである。

しかして、保育所入所の措置については、どの保育所に入所させるかにつき、親の教育の自由に由来して、保護者に保育所を選択する自由があり、市町村長にはその裁量権がないと考えるべきであるから、保護者は従前と同一の保育所での継続的な入所措置を市町村長に対して要求しうるものであるし、かりに市町村長に裁量権があるとしても、本件の如く継続的な入所措置の場合には裁量の幅が少く、保護者の要求が容れられるべきであつて、保護者の希望しない保育所への新たな入所措置は従来の保育所からの転園を意味するものである。

しかして、転園のために、一貫した保育方針に基づく保育が中断されることは児童の成長、発育に多大の悪影響を与えることが確実であり、本件の如く、保護者の希望しない保育所への転園は児童の保育にとつて不利益である。

したがつて、従来の入所措置処分の効力は継続しており、本件処分はその転園を意味するにすぎないから、本件処分の取消を求める利益があるというべきである。

2  南方町住民の児童に対する迫町の保育所への入所措置について

南方町の住民の児童を隣町の迫町の保育所に入所される措置の適法、妥当性については次のとおりである。

法二四条但書の「附近に保育所がない」の意味については、厚生省児童局「児童福祉法案逐条説明」(昭和二二年八月五日)三一頁によれば「附近」とは「近くの意味である。同一市町内か否かを問わない」と説明されている。

実際上も仙台市と泉市間、仙台市と秋保町間で委託契約が締結され、いわば越境的に措置がなされている。

このような実態が存するのは、保育所というものが子どもの成長発達を保障することとともに、親の働く権利を守るために、職場との接近などの条件が必要とされているからである。その点では、いわゆる小学校などにおける学区の設定などとは必ずしも同一とならないのである。

もつとも、迫町長と被控訴人との委託契約について一方的な解除がなされているので、本件の入所措置処分(転園処分)を取り消しても「復活」することはありえないのではないかとの疑問が出てくる余地もあるが、被控訴人は、迫町長の法的地位についてこれを「措置義務者である南方町長の決定を前提にして、南方町長が本来行なうべき行為を一部代行する地位」であると主張しているから、このような解釈からするならば、迫町長は単なる代行者であり、この代行者の意思、行為は何ら本人たる被控訴人の行為を制約することはなくなる。

すなわち、本件委託契約の解除は違法なものであり、迫町長がどんな態度をとろうと、被控訴人としては錦保育園への措置権を直接、具体的に行使できることになるのである。

四  被控訴人の反論

市町村長が、児童の入所措置決定について、入所の期限(又は期間)を附することは許されるものであり、この期限は入所措置決定の効力維持期間と解すべきである。

したがつて、この期間満了(期限到来)により、入所措置決定の効力は自然に消滅するから、その後になされた入所措置決定を取り消しても、従前の入所措置決定の効力が復活することはありえず、控訴人らの本件訴えは利益がない。

理由

一当裁判所も、原審と同様に、控訴人らの本件訴えは、処分の取消を求める法律上の利益を欠く不適法な訴えとして却下を免れないものと判断するものであり、その理由は、次のとおり附加、訂正をするほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、ここに、これを引用する。

1 原判決九枚目裏四行目の「入所措置」から同五行目の「裁量」までを、「入所保育の施行方法については同法に特段の定めがないから、保育に欠けるものと認定された要保育児童の入所措置をいかに施行するかは、同法の所期する保育の目的に反しない限度で、所管行政庁たる市町村長の公益目的に基づく裁量」に改める。

2 同一三行目の「こうした」の次に「入所保育の施行」を、同行目の「方法も、」の次に「個々の保育児童について、法の所期する保育目的に反することがないばかりか、却つて、住民に対する関係で、要保育児童一般の入所保育行政の適正、円滑、公正な運営にも資することができる点において、公益目的にも適するのであり、所管行政庁たる市町村長の」をそれぞれ加える。

3  同一〇枚目表三行目の次に、行を変えて次のとおり加える。

4  「控訴人らは、法二四条の「保育に欠ける」に該当するか否かの認定について行政庁の裁量を容れる余地がなく、また、保育に欠けると認定された児童の入所措置も行政庁の自由裁量の余地のない覊束処分であること、行政行為には法規に特段の定めがない限り附款を附しえないこと等を根拠として、被控訴人が先になした入所措置(錦保育所において太郎を保育する旨の入所措置をいう。)につき、その期間を六か月と限定したことが、被控訴人の裁量に属せず、従つて、右期間の限定は何らの法的効果が生ぜず、先の入所措置の効力が期間のないものとして依然継続しており(又は自動的に更新されており)、本件処分が転園処分に当るとして、処分の取消を求める利益があると主張している。

しかし、控訴人らの主張の如く、法二四条の「保育に欠ける」の認定について行政庁の裁量を容れる余地がなく、また、行政庁が保育に欠けると認定した児童についてこれを保育所に入所させて保育する義務を負い、これについて行政庁の自由裁量をなすべき余地がなく、いわゆる覊束処分であるとしても、このことは、その入所保育の施行方法について行政庁の裁量を全く排除するものとはいえないし、また、行政行為の期限についてかりに原則として控訴人ら主張の如くに解することが許されるとしても、本件においては、六か月の期間満了時に改めて同法条の保育基準の要件を調査して、要保育児童(保育に欠けた児童については新たな入所措置により保育の継続を図る扱いになつているのであり、このような施行方法が個々の要保育児童について法の所期する保育目的に反しないばかりか却つて公益目的にも適する適法なものであることは前述したとおりであるし、実際にも、被控訴人は私立錦保育園への先の入所措置の六か月の期間が満了するに先立ち、再調査のうえ、太郎を要保育児童と認定して南方保育所に入所させて保育する旨の本件処分をしている(この点は当事者間に争いがない。)のであつて、太郎を保育所に入所させて保育する態勢は、保育所が異つても継続して整えられていることが明らかである。

したがつて、被控訴人が行政実務の一般の取扱いや通達に従い、先の入所措置について、施行方法の一環として六か月の期間を定めたことは、その裁量権の範囲として許されるべきものであり、右入所措置は期間の経過により将来に向つて失効すべきところ、太郎の保育は、その後の本件処分により南方保育所に入所させて行われることになつたものというべきであるから、先の入所措置が右期間後も効力を持続していることを前提として(控訴人らの主張の先の入所措置が自動的に更新されて効力を持続しているとの主張は、そのように解すべき理由がなく採用できないし、控訴人らの当審におけるその余の補足主張によつても、右前提を肯定することはできない。)、本件処分の取消を求める利益があるものとする控訴人らの主張は採用できない。」

5  同一〇枚目表四行目の「4」を「5」に改め、同六行目の「満了しているから、」の次に「(この期間の定めが有効であり、本件処分の効力が右期間の経過により将来に向つて失効したものと認めるべきことは先に説示したとおりである。)」を加え、同一一行目の次に、行を変えて次のとおり加える。

「6 なお、敷えんするに、当審における控訴人らの補足主張に照すと、控訴人らは、本件処分自体よりも、先の入所措置において入所保育を受けていた錦保育所において、従前に引き続き一貫した保育を受けることを希望しているのに、その希望が容れられないことを不満として本件訴えを提起しているものと推察されるのであるが、それは、本件処分を取り消すことによつては法律上達成されるものではないというべきである(かりに、被控訴人が、先の入所措置についての六か月の期間経過後も、従前に引き続く処分として、改めて太郎を錦保育所に入所されて保育すべき法律上の義務を負うのにかかわらずその義務を尽さなかつた違法があるというのであれば、それは被控訴人の行政庁としての行為義務の存否ないし違法性を争う方法によるの外はないというべきである。)。」

6  同一〇枚目表一二行目の「5」を「7」に改める。

二以上のとおりであり、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法三八四条一項を適用して本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官伊藤豊治 裁判官石井彦壽)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例